そんな簡単に、割りきれるか。

割りきれない感情

「……おい、リュアンのファーストキスの相手って知ってるか?」
 げふん。
 慌てて呑みこんだ酒の一部が気管支に入り、ティオは大きくむせ込んだ。
「……隊長、突然何を」ティオは涙目になっている。
「リュアンは、教えてくれんがなあ」
 ヒースケイドは、底に残った最後の一滴をさらうようにグラスを逆さにする。
 ――隊長、もうできあがっちゃってるんですね。
 ティオは大きく息を吐いた。ここで、言っちゃってもいいや、と思ったのは自分も酔っていたからかもしれない。
「俺ですよ」
「ああ?」
「だから、俺ですよ、相手」
 途端に空気が凍りついた。というのはまだ可愛い表現である。というより、どす黒くとぐろを巻いている、ような気がする。
「なんで、お前が」
「ちっちゃい子が戯れにキスするでしょう。あれですよ。十歳ぐらいになるとお互い恋愛感情ってもんがわかってきて、俺達の関係はそんなナマナマシイもんじゃあないな、って気づいてそれ以来してませんけど」
「……当たり前だ」
「あの、隊長もしかして、妬いてます? 時効でしょう、そんなもん」
 ご冗談でしょうというようにティオが言えば、
「明日、みっちりしごいてやる。覚悟してろ」
 答えたヒースケイドの目は据わっていた。
「た、隊長、あなた夫の座にまで納まっておいて、これ以上なにが不満なんですか!」
「うるせえ、お前と同列に並べられたみたいで腹が立つなんて言えるか!」
「……言ってるじゃないですか」
 明日は死んだな、とティオは思った。


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novel

2005 11 19