お返しプレゼント

 それは私が七歳のときだった。
 事故で両親を亡くし、毎日泣き暮らしていた。小学一年生ともなれば、充分人の死がわかる歳だ。自分の誕生日が来ても、嬉しくなんてなかった。一緒に祝う家族をなくして、何を祝えばいいというのだろう。
 そんな折、お祖父ちゃんが彼をつれてきた。
「ちはる、誕生日プレゼントだよ」


 お祖父ちゃんは私に、『兄』をプレゼントした。
 私より七つ年上のお兄ちゃんは、政界のある人物のお妾さんの息子で、お母さんを亡くして行き場に困っていたらしい。
 確かに私には『家族』が必要だったと思う。しかし都合よくお兄ちゃんを見つけてきたお祖父ちゃんもさる者ながら、それを受け入れたお兄ちゃんもすごいと思う。
 まっすぐな黒髪に意志の強そうな漆黒の瞳をしたお兄ちゃんは、絵に描いたような優等生だった。めきめきと頭角をあらわし、三年もすれば、社長であるお祖父ちゃんの優秀な秘書となった。でも少なからず、『親の贔屓目』というやつが入っていたのではないかと、私なんかは思っている。
 <紫堂しどうの秘蔵っ子>と呼ばれたお兄ちゃんは、今でもバリバリと秘書の仕事をしている。紫堂とは、私とお祖父ちゃんの苗字。
 多感な少年期にしては、お兄ちゃんは私の面倒をよくみてくれたと思う。優しかったし、辛抱強かった。
 当時の私は、勝手にプレゼントなんかにされて、と申し訳なく思っていた。でも私が思春期を迎えるころにはそれなりにいじわるになったし、第一、お祖父ちゃんならそれ相応の埋め合わせをするはずだ。だから気にしないことにした。


 今日はお兄ちゃんの二十五回目の誕生日だ。毎年内輪で小さなパーティーを開いている。お祖父ちゃんは豪華なプレゼントを欠かさない。去年は確か車だった。それ以上高価なものなんてやらなくていい、と私は思う。
「ちはる!」
 お祖父ちゃんが手を上げて私を呼んだ。今日の主役と話しているようだ。私はお祖父ちゃんのもとに駆け寄った。
神原かんばら、誕生日プレゼントだ」
 そう言ってお祖父ちゃんは――私をお兄ちゃんの方へ押し出した。たたらを踏んだ私はお兄ちゃんの腕に飛び込んでしまう。
――は?」一瞬の思考停止。「ちょっとお祖父ちゃん、どういうこと?」
「可愛い孫娘だ、どこの馬の骨とも知れん奴より、神原にやったほうがいい」
 私は拳をぶるぶると震わせた。
「どこの世界に自分の孫娘をプレゼントしちゃう祖父がいるわけ!? 冗談も休み休み――
「ちはるだってもらったろう。十年前に」
 お祖父ちゃんはふふんと笑った。そうだ、この人はこういう人だった……
「ねぇお兄ちゃん、何とか言ってよ」
 困った私はお兄ちゃんにすがることにした。上目遣いで見上げると、
「今度からは悠斗ゆうとって呼びなさいね」
 お兄ちゃんはにやりと笑みを浮かべた。

<了>


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