迫られてみる。

that's a Question

 自分はただ、屋上にひなたぼっこしに来ただけなのに。
 後悔してももう遅い。美幸の背中を、冷や汗が伝う。
 フェンス際にじりじりと追い詰められた美幸は、目の前の青年の顔を見上げる。かしゃり、と青年の指が、美幸を逃がさぬようにフェンスをつかんだ。
「さ、聡先輩、いつの間にそんな情熱的になったんですか……?」
 冗談めかして言ってみたが、聡の真剣な瞳は僅かに細められただけだ。
「おまえはな、無防備すぎるんだ。ほかの男にやるぐらいならおれがもらう」
 聡はめちゃくちゃな論理を展開した。美幸にしてみれば、そんなの知るか、といったところだ。それよりも私のどこがそんなにお気に召したのか、と訊いてみたいが、とても口にできなかった。それを糸口になにをしゃべりだすかと思うと恐ろしい。
 もちろん好意を寄せられて、嬉しくないわけではない。聡は、顔といい声といい、身長体格に頭の回転の速さまで美幸の好みストライクである。
 しかし、好みイコール好きな人、とはなかなかいかないわけで。聡の場合はその性格が問題だった。正直言って、美幸にはやっていける自信がない。
「おれはな、追う側にまわったことなんてないんだ。女の落とし方なんて知るか」
 低い声で吐き捨てるように言った聡は、美幸の耳元に唇を寄せる。
――だから、加減、できひんけど」
 美幸は、身体中の血が沸騰したような感覚を味わった。美幸がその声に弱いのを知っていて、わざとやっているに違いない。
 萎えそうな大腿筋に鞭打って、美幸は脱兎のごとく駆け出した。左側は聡の腕でふさがれていたが、右側には退路が残されていたのだ。
 振り向いた美幸の瞳に映ったのは、口の端を上げた余裕ありげな笑みだった。逃げ道もわざと確保しておいたに違いない。
 ――遊んでやがる。
 美幸はきり、と唇を噛んだ。狐が兎を追うように、完全に聡はこの狩りを楽しんでいる。
 リミットは聡の卒業まで。かなりの消耗戦を強いられることは確かである。
 いっそひとおもいに狩られるべきか、このまま逃げきるべきか。
 ――それが問題だ。


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2005 12 11