小人の気持ちはわかりません。

巨人の気持ち

「……なあ、俺帰っていい?」
 居心地悪くコーヒーを啜ったあと言えば、二人の視線がこちらを向いた。
「どうしてですか」
「いきなり放って行かれても困ります」
 前者は俺の隣に座っている佐伯のセリフで、後者は俺の向かいに座っている牧田のセリフだ。ちなみに佐伯の声は柔らかく、牧田は硬い調子だった。
 確かに、約束を取り付けて二人を引き合わせたのは俺だが、互いに共感するところがあったらしく二人はすぐに意気投合した。だから、俺が喫茶店の不味いコーヒーを我慢して付き合う義務は果たされていると思う。
「別に私は困りませんけど、知り合いの女の子を初対面の大人と二人きりにして帰る、っていうのは不親切だと思いますよ」
 佐伯のもっともな指摘に、俺は小さく呻いた。ちらっと牧田を見ると、意外にも少し不安そうな目をしている。
「……悪いとは思う。が、正直言うと目立つから嫌」
「え?」
 牧田はきょとんとした様子で、首を斜めに傾げた。
「一人ならともかく、二人もちっせえの連れてるとなんだと思われるんだよ」
 誇張ではない。現に、店内に居てもちらちらと無遠慮な視線を感じる。例えば、街中で身長差のありすぎるカップルを見かけてつい目をやってしまう心理はわからんでもない。ただその場合、でかい方により目がいくのだ。つまり今回のケース、無遠慮な視線に耐えねばならないのは俺の方だということになる。巨人になったような気分だった。
「そんなわけで、帰らせてくれ」
「ふー……ん?」
 正直に伝えたのに、牧田の目は不穏に細くなった。その目をちらりと佐伯に向けると、彼女も心得たかのように「ほーう」と含みありげに頷いた。
「まあとりあえず、出ましょうか」
 佐伯が手に取った伝票を、俺は慌てて取り上げた。ここは最年長の俺が奢るのが筋というものだろう。
 レジで精算を終えて自動ドアの向こうを見ると、二人が仲良さげに話していた。佐伯はさすがに社会人には見えるが身長はさほど変わりなく、二人は姉妹のように思えた。
 無理に帰らんでも無関係を装って二人の後ろをついて歩けばいいか、と思って自動ドアをくぐった途端、佐伯が俺の腕を引っ張った。
「仲介人の定位置はここですからね」
 無理やり、俺は二人の間に立たされた。
 なんだこれ。ものすごく目立つ。
 だが、無言の圧力には逆らえなかった。二人の様子を見る限り、これは俺に対する嫌がらせらしい。結局俺には、自分のどこが悪かったのか、わかることはなかった。


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2012 04 22