おたがいさま

 高校一年生、十六にして兄が出来ました。
 親の再婚というありがちな話。
 同居するとなったら、父親よりも兄の方が気になるじゃないですか。漫画かライトノベルなら、王子様タイプの優しい美形か、目元涼しげ秀才クールな美形かの二択だ、たいてい。
 初めて会った兄上は、ちょっと背が高くて体格のいい、顔は至って平々凡々のあんちゃんだった。
「俺はれつといいます、これからよろしく。……しかし、義理の妹っていい響きだよね。ひとつ屋根の下とか、おいしいシチュエーションだなあ」
 ……ドン引きしました。
 私だって、兄ちゃんという存在に期待してたわい、それを粉々に砕きやがってちくしょー。


 そんなこんながあって、めでたくもなく私と兄は家族になった。しかもこの人、私と同じ学校なのだ。
 散々な顔合わせだったと友人たちに愚痴ると、彼女らは慰めつつも、こっちこそ思い知らせてやれと私に発破をかけた。
 そうして彼の幻想は日々打ち砕かれていくこととなる。
 その夜、部屋でノートパソコンのキーボードをカタカタといじっていると、ドアが控えめにノックされた。
「父さんがケーキ買って来たけど、食べない?」
 兄だった。
「食べるー」
 返事はすれど動かない私に焦れたのか、もう一度ノックをすると、兄は私の部屋へと入ってきた。
「なにしてんの」
「掲示板の書き込み」
 振り向かず私は答える。
 兄は、ふーんとうなって私の斜め後ろに立った。眼鏡と後ろ一本縛りの髪型に動じず、トレーナーとジーパン姿にも嘆かない。彼はもう、私の部屋着姿に慣れてしまった。始めは兄も幻想の妹との違いにええっと驚いていたが、画面を見るから眼鏡を掛けるしパソコン時邪魔だから髪も縛るし、家の中でふわふわのスカートなんて穿いてたら皺が寄るに決まってんでしょ、なんか文句あるかと言ってやったらおとなしく口を閉じた。いまでもたまに、しょんぼりした目で私を見る。
「……なんでこんなにお菓子があんの」
 兄は、私の机の上に山と積まれた箱を見て、ぎょっとした声を出した。さらにパソコンの画面に某巨大掲示板が表示されていることに気づき、え、と口が半開きのまま固まる。
「ああ、私、お菓子板の期間限定コンビニ菓子を賞味するスレッドに出入りしてんの。レビュー書くの楽しいんだよね。ちなみに今期はどのメーカーのマロン系がヒット作かで盛り上がってます」
「ああ、そう……」
 兄は遠い目をした。またひとつ、幻想が遠くなってしまったらしい。
 促され、ケーキを食べに階下に降りる途中で私は、期間限定商品は次々発売されるし、お財布事情が厳しいと愚痴をこぼした。なにしろCDや漫画にすぐにつぎ込んでしまう上に、うちの高校はバイト禁止なのだ。
 翌週になって、兄が私に手に下げていたコンビニの袋をくれた。中を見ると、期間限定のお菓子が山と入っていた。
 なかなかいいやつじゃん、と私が兄を見直し始めたのはこのころだったと思う。


 その日、兄が休み時間に私の教室へとやってきた。
「どうしたの兄さん、学校で珍しい」
 同じ学校とはいえ、校内で積極的に顔を合わせることはなかったから、私は少し驚いた。
「ごめん、彩華さいかちゃん、英語の辞書貸してくんない?」
「いいけど、なんでわざわざ一年の階まで」
 両手を合わせて拝むようなしぐさをする兄に、私は素直に疑問を口にした。
「連絡ミスで、時間割替わったの伝わってなくて。合同クラスだし、同じ学年のやつに借りに行くと、他のやつとバッティングするかもしれないから」
「わかった。いいよ。でも、教科書は……」
「大丈夫、受験前対策で最近の授業はプリントなんだ」
 家で返してくれたらいいから、と重い辞書を手渡すと、
「ありがとう彩華ちゃん、こんど埋め合わせする!」
 兄はぱあっと笑顔になって、私の頭をよしよしとなでた後、廊下を駆けていった。
 ふうと一息ついて教室内の方に向き直ると、いつの間にか友人たちが近寄っていた。
「いまどき高校生同士の兄妹で頭なでるって」
「兄妹間で埋め合わせって」
 ありえねー、と彼女らは呆れた声を出す。まあそこは、私も子ども扱いされてるのか年相応なのか、判断に困ることがある。兄妹が出来たばかりの私たちには、その辺りの機微がまだうまいことわかっていない。兄の方は、兄という立場を楽しんでいてそれを満喫したいようだ。
「しかし、彩華のお兄ちゃんって思ってたのと違ってたね」
「うん、なんていうか、わんこ系?」
「あ、やっぱりそう思う?」そう応えて私は苦笑いをする。「たまに、可愛いとか思っちゃって困るんだよね」
 先日、入浴後の脱衣所に兄に踏み込まれた。
 とはいえ、漫画でいうお約束展開など微塵もなく、服を着て髪を乾かそうかとドライヤーのコンセントを入れたところで兄が入ってきたのだ。
 あ、次入るんだ、早くどいた方がいいかな、と思った私に対して、兄は憐れなほど狼狽した。入浴直後の、しかも髪の濡れた状態で、というところがいたく兄の紳士心に触れたらしい。ずいぶんな勢いで謝られたが、そもそも入られて困る状態で脱衣所の鍵を開けるはずもないので、なんだかなあという感じだった。
 そう思うなら、初対面で変なこと言わなきゃいいのに、と言うと、「だってどうしても意識しちゃうから、彩華ちゃんの方で警戒してほしかったんだよ」などと返された。やっぱり変な幻想を抱いている、とそれを聞いて笑いそうになった。
 でも実は、私も不安だったのだ。
 親とはまた違う意味で、私の上位に立つ存在。それがしかも男の人で、突然私の生活に入り込んでくるなんて。なんだか怖かった。
 でも実際は、全然怖くなくて、それどころかどこか可愛くて、なんだかおかしくなった。
 安心させてくれる人だな、と思う。
 惜しむらくは、完全にお兄ちゃんモードにスライドしようとしていることだ。
 阻止した方がいいのか、と私は最近ちょっぴり悩んでいる。

<了>


novel

2010 11 17