キャパを超えました。
泣くなと言ったとき、わずかの間だったが里佐子は必死に泣くのを堪えていた。それを見て、余計に哀れみが募った。
泣くなと言ったのは、叱り付けるつもりではなかった。
ただ、雪浦はどうしたらいいかわからなかったのだ。
彼と対峙するとき常に怒りのエネルギーでその小さな身体を充たせている里佐子が、心折れて泣くとは思わなかったのだ。しかも雪浦の前で。
伸ばした手を、どこに触れさせればいいのかわからなかった。
だから泣くなと言ったのだ。泣かれると、どうしていいのかわからない。困るのだ。なにをしてやればいいのか、どうすれば泣き止むのか。
泣く里佐子の前では、雪浦は無力になってしまう。
しかし、少しばかり可愛いとも思ってしまった。
泣いて、すがり付いてくる小さな肩が愛おしかった。
――張り倒されそうなので、もちろんそのことを里佐子に告げてはいない。
「雪浦?」
最近はよく雪浦のあとにくっついてくる里佐子が、黙って立ち止まってしまった雪浦の顔を覗き込んだ。
強い風が里佐子の髪をなぶる。乱れたところを直してやろうと雪浦は手を伸ばし、それと気づいて、触れる前に慌てて引っ込めた。
なに、と訊かれて、髪食ってる、と雪浦は返す。
えーやだ、ほんとだ、と里佐子は口に入り込んだ髪をぺぺっと吐き出した。
「それぐらい、躊躇しないでさわればいいのに」
不思議そうに言われて思わず、雪浦は唸りそうになる。
「いや……さわれない、怖くて」
里佐子は、小さな爪のついたその手で、ひょいと雪浦の大きな手をためらいもなくつかんだ。そうして、ゆるりと、自分の頬にその手を当ててしまう。
「さわっても、壊れないよ?」
首を傾げた里佐子の前に、雪浦は動けなくなる。
指先にかすかに触れる髪の感触だけで、もう手一杯だった。
2008 09 13