ネガポジ

「お、久しぶりー、なんだおまえら、相変わらず仲いいのな」
 連れ立って居酒屋ののれんをくぐった二人を見て、同窓会の幹事は感心したように息を吐いた。
「いやいや、偶然出た時間が一緒だっただけだから。な、由那ゆいな
「ね、泰我たいがくん」
 声をかけ合い、二人は苦笑して顔を見合わせた。
 由那と泰我は家が二件隣の幼なじみだ。もともとはもう一人男の子がいて――しかもお互いにその子との方が仲がよくて――三人でつるんでいたのだが、その一人が引っ越してしまったために、なんとなく二人で居たり居なかったりしている。
 奥の座敷に入ると、高校生以来の連中の顔が勢ぞろいしていた。時期的には、大学を卒業、就職して少し落ち着いたころなので、皆の話題もほとんどが就職先のことに終始している。料理が運ばれ、場の雰囲気も少しこなれてきたあたりで、高校時代の思い出話に花が咲いた。
 一部はただの暴露大会であり、女子のグループはそのうち恋愛話で盛り上がり始める。何人かの女子が傍にやってきて、ビールを注ぎつつ泰我と由那に話を振った。
「で、結局、黒崎くろさきくんと上沢かみさわさんって付き合ってんの?」
「付き合ってねーよ」
 なーんだ残念、と新しい話題を手に入れそこなった彼女たちはきゃらきゃらと笑う。
「じゃあ、まだ女の子あさりしてるんだー」
「してねえって」
 泰我はむっとした表情になる。ここ何年もしてないから! と必死に否定する姿がおかしくて、由那はくっくっと咽喉を鳴らして笑った。
「不思議だよねえ。黒崎くんって性格悪いわけでもないのに、女の子のサイクルすっごい早かったよね」
「そうそう」
「なんでいまはやめちゃったの?」
「飽きた」と即行で答えた泰我に、女子たちはまた馬鹿笑いを響かせ、男子たちは「一度でいいからそんな台詞言ってみてえー」と溜息を吐いた。
 泰我はぶすっとしているが、由那は、はははと乾いた笑いを吐き出した。
 飽きたというのは嘘だと知っている。現在はどうであれ、その原因を作ったのは由那だったからだ。


 みんなと別れ、駅までの道を由那が一人で歩いていると、後ろから泰我が追ってきた。
「待て、由那」
「あれ、泰我くん、二次会行かないの?」
 かなり引止めを食っていたに違いないのに、と思いながら由那は尋ねる。
「……いい、おまえと帰る」
 泰我が答え、二人は並んで歩き出した。
「四年前のこと覚えてるか」ふいに泰我がそう言って、由那は思わず足を止めた。
「まだ、覚えてるの、そんなこと」
「忘れるかよ。俺、振られるなんて思ってなかったからな」
 くすくすと笑いながら歩く泰我の背を、由那は慌てて追いかける。
 それは、泰我が彼女と別れてフリーになったころだった。泰我は、軽い気持ちで由那に「俺と付き合ってみないか」と持ちかけた。しかし由那はそれを断ったのだ。泰我は、ひどく気分を害した。由那を無意識に自分より下に見ていた所為でも、自分の素行を非難されているような気になった所為でもあった。
 しかし、由那の答えを聞いて、泰我の気持ちはすっかり変わってしまった。
「あんなこと言われるなんて、思わなかった」
 ――私、泰我くんとだけは付き合わない。付き合っても、別れるに違いないよ。私、泰我くんと気まずくなりたくない。この縁は、一生ものだと思うから、くだらないことで失くしたくないの。
「がーんときた。俺は、友達とか先生とか、誰かとの縁を一生ものだなんて思ったこともなくて――自分の底の浅さを見透かされたような気になった」
 自分は人間関係をひどく希薄なものに捉えていて、人との縁を大事にしようとしなかった。そう思い知らされて、泰我は自分を恥じた。だから彼にとって、その出来事は忘れがたいものとなっている。
 それ以前に、泰我にとってはものすごい告白をされたようなものだったが。
「由那、おまえいま、付き合ってる奴いなかったよな」
「うん」
 さくさくと夜道を往く音が、夜気と二人の耳に届いて消える。
「じゃあ、俺と結婚しよう」
「え?」
 衝撃的な告白を受け、由那は足を止めてさらに二三歩後ずさった。
「な、なに言って……!」
 驚く由那に、泰我も足を止めて彼女と向き直る。
「だっておまえ、俺と付き合うのは嫌なんだろう。結婚したらそうそう別れないだろ、娘欲しがってる俺の母さんがおまえを手放すわけもないし、おまえ、姻族とかとの人間関係が気になって離婚とかできないタイプに違いないし」
「や、待って、だって結婚ってなったらいろいろ準備とかなんかいろいろあるし……!」
「安心しろ、小父さん小母さんへの挨拶はすでに済ませておいた」娘さんをください、とかいうやつだ。
「なっ、いつの間に……! ひどい!」
 涙目で真っ赤になる由那に笑いかけて、
「諦めろ、もう手遅れだ」
 泰我は強引に手を繋いだ。

<了>


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2008 04 27