とある不意打ち。

雨の日の出来事

 今日の訓練は、少し早めに切り上げられた。
 突然の豪雨に見舞われたのだ。
「なんだ、ユドー。おまえは風呂はいいのか?」
「う、私はあとでいいです……」
 乾いた服には着替えたが、ぐしょ濡れの髪に冷え切った身体のユーディとは対照的に、ガレルは風呂上りでほかほかと湯気を立てそうな風体だ。
 思わずユーディはガレルを恨めしそうに見つめてしまう。まだほとんどの隊員は風呂から戻っていないが、ガレルは先輩格のため先行権を得ているのだ。本当はユーディだって風呂に入りたいが、女とばれるわけにはいかない。時間をずらすしかない。
 しかしユーディの欲求は、ガレルにはお見通しだったようだ。
「なんのために意地を張っているのか知らないが」
「意地など張っていません」
 そう言い返すのが既に意地だ。それと気づいて溜息をつきそうになったが、そこは我慢した。
 居心地が悪い。そもそもガレルとは談笑をするような間柄ではないし、話しかけられることはあっても大抵が辛辣な一言か事務的な内容だ。なぜおまえは同年代の相手にも敬語なのかとか、そんな態度では隊に溶け込めないぞとか、とにかく余計な一言をくれる。その問いに対する答えは、敬語が一番ぼろが出ないからだ。うっかり女言葉が口を付いて出てはとんだことになる。
 しかし勿論、そんなことをガレルに話すわけもない。
 はあ、と今度こそ溜息をついてしまって、なんだか微妙な敗北感を覚えてしまう。
「馬鹿だな」
 ガレルがふんと鼻を鳴らすのを聞いて――この人の癖なのかなこれは、ああ嫌だ、と思いながら――ユーディはガレルがこちらに近づいてくるのに気づいた。
 思わず身構えると、ユーディの頭にタオルがばさりと被せられ、視界を奪う。
「う、わ」
 文句を言う暇も与えず、ガレルはユーディの頭をわしわしとかき混ぜるように拭き始めた。なんだかわからないが、乾かしてもらっている。ひどく意地悪な人のはずなのに、その大きな手に優しく扱ってもらっているような気がする。自分が心地好く感じていることに気づき、ユーディの顔にかーっと血が上った。
「い、いいです、あとは自分でやります、から」
 ユーディは慌ててその手から抜け出すと、ガレルの顔も見ずに一目散に走り去った。
 この、真っ赤になっているに違いない顔を、なにがなんでも見られたくなかったから。


novel

2008 01 07