たったひとりの。
「先輩、カレンさんが」
杯の酒を飲み干しつつ、ティオが投げやった言葉に、ん、とグリフォードは短い促しを寄こす。
「先輩が手を出してくれないなあって悩んでましたけど」
――途端。
ごっふ、と妙な音を立ててグリフォードはむせ込んだ。
「先輩、大丈夫ですか!?」
慌てて近寄ったティオは、グリフォードの背を叩いて落ち着かせる。
ごほ、と軽い最後のひとつを放ち、咳も収まったかのように見え――刹那、ティオの喉元はグリフォードの指先に捉えられていた。がっちりとホールドするだけでは飽き足らず、その右手でぐいぐいとティオの喉を締め上げる。
「ちょ、先輩――」
「人の妻を侮辱するとは良い身分だな」
ぎらり、とグリフォードの目が赤く光ったような気がした。実際は黒なのに。
「すみません、間違えました、言葉の綾です、申し訳ございません!」
ついうっかり一言多いのは考えものだと自分でも思っている、ティオの悪い癖はいまだに抜けない。平謝りに謝って、ようやく解放される。
「――ええと、正確には、私って魅力がないのかしら、と仰っていましたが」
「……」
返事がないのは悟った証拠だ。カレンが魅力を発揮したい人物などひとりしか居るまい。
「グリフ先輩、せーんーぱーいー、もしかして照れてま――」
ティオはまたも余計な一言を口走ったが、切れそうなほど殺気立った空気におののいて、さっさと口を閉じた。
「ええと、今日は早く帰ってあげたほうがいいんじゃないですかね」良心的なティオの言葉に、
「やめておく」返ってきたのは素っ気無い返事。
なぜかと尋ねてみれば、
――今日は酒が入っているだろう、となんともグリフォードらしい返答を困惑気味に返された。
2009 03 05