カレンダーの月が新しくなって、新学期を迎えた。台風が近づいて雨風の強い日はあれど、まだまだ日中は暑いし衣替えも先だ。
そんな中、少し肌寒くなった日があった。
放課後まではいつも通り、太陽の熱も容赦なく、窓際の席は鉄板のようにあぶられていた。カーテンに遮られた部分と、その隙間を狙われた部分とでは熱さが段違いだ。
そんな熱も夕方には陰り、帰る途中で土砂降りになった。
俺は、シャッターの閉まったタバコ屋の軒先に滑り込んだ。足元ではぴちぴちと雨が跳ねているが、頭上から滝のように注がれることがなくなってほっとした。
通り雨だと思ったので、少し雨宿りをしてから帰ることにした。少なくとも、雨脚が弱まるのを待つつもりだった。
そんなとき、水たまりをばちゃんと足裏で叩いて、百瀬が飛び込んできた。ちょうど俺と同じタイミングで、同じことを考えたらしい。
「――あ、うさみ」
どん、とシャッターにぶつかりそうな角度で、百瀬が止まった。そこでやっと俺に気づいたようだった。
ふるふるっと首を振ると、髪の先の滴が飛び散った。百瀬は両腕に鞄を抱えている。中身が濡れないように、しっかり抱き込んできたのだろう。
「百瀬も雨宿りか」
特に言うこともなかったのだが、返事代わりに俺はそう言った。
百瀬はうんと頷いて鞄の中身を確認しようとしたが、やめた。水たまり量産中の地面にも置けず、リュックなので手元で開くのも重かったらしい。
「早く止まないかな」
そう言って百瀬はまた、鞄を抱きしめた。
その丸まった背中を見て、俺はぎょっとした。――下着が透けている。
濡れそぼったシャツの下の、肌の色があらわだった。その、白と肌色の混ざった合間に、下着の色がのぞいている。
不躾に眺めるのも気まずくて、俺は百瀬の肩を押した。なんだと言うように百瀬がこちらを向いて、背中はひとまず見えなくなった。
「なに」
「……あ、えっと」
ふいに、頭が真っ白になった。
手の平の下の薄い布は、百瀬の肌の温度も、そのやわらかさも隠せてはいない。
百瀬は訝しそうな顔をする。恐らく、鞄のおかげで前面が濡れていないから、背中のことは気づいていないのだ。俺はぱっと手を離した。
下着のことを言うわけにはいかなかった。こいつは、めちゃくちゃプライドが高くて、めちゃくちゃ羞恥に弱い。恥をかかせたら、しばらく口を利いてくれなくなるに違いなかった。
さあっと足元に風が吹いて、濡れ鼠の体温が奪われていく。百瀬が、くしゅっと小さなクシャミをした。
はっとして俺は、荷物をあさる。
「――百瀬、これ着とけ」
俺は、百瀬にジャージの上着を押し付けた。
「なに」という反論を押しのけて、「まだ使ってねえから」と無理やり持たせた。念のため鞄に入れてはいるが、体育の授業はまだまだ半袖でいい気候なのだ。
半ば奪うように鞄を持ってやると、妙な顔をしながら百瀬はおとなしくジャージを羽織った。それを見て俺はこっそり溜息を吐く。
「帰るときも、着とけよ」
誰にも見られず、気づかず帰ってくれ。
そう祈りながら、俺は、喧しく降り注ぐ雨が止むのを待っていた。
2019 08 31