もったいないと思ったんだ。

それは契約

 いつもどおりの昼休憩、「今日の麗良さん報告」をしながら、おれは天晶と並んで歩いていた。
 露店で買ったクレープを、天晶はご満悦にぱくついている。そんなこいつを見て、おれはこれまたいつもどおりの溜息を洩らした。
「天晶、こぼしてる」
 口の周りをぐいぐい拭ってやると、天晶はむーむー唸りながら軽い反抗を試みた。生意気な。
 だいたいこいつは食べ方が汚い。食べ物をぽろぽろこぼすわ食べ残しをくっつけるわ、挙句、ナイフを巧く使えないわでおれが一切れずつ切り分ける破目になったりする。
 ほんとにおれと同い年なのか、と子守り業に勤しみながら今日もおれは嘆息する。
「翠晶はほんと、つぐ兄のこと好きなんだねえ」
 人の気も知らないで、のほほんと天晶は言う。
 ふざけているように見えながらも、こんな話に付き合ってくれるのは天晶ぐらいだ。そのことに、おれは少しだけ感謝している。多大な感謝を寄せるには、おれに世話をかけすぎている気がするが。
「つぐ兄みたいなお兄ちゃんが欲しいんでしょ」
「そうだな」叶いもしない願いをおれは口にする。「でも、無理だろ」
「簡単な方法があるよー。私とけっこ」
 ばしりとおれは天晶の口を掌でふさいで閉じさせた。
「みなまで言うな。聞かなかったことにしてやる」
 言いつつおれは会話の矛先を変える。天晶はぷうと頬を膨らましたが、露店にて新たな甘味を発見し、たちまち機嫌が直った。色気より食い気。
 そういうことはもっと女っぽく成長してから言えっての。
 呆れつつ、おれの本心はもっと別のところにあったのかもしれない。恋愛お子様のくせに、無邪気な気持ちでそんな重大なことを決めてしまうなんて。
 もったいない、という言葉をおれはこくりと呑み込んだ。


novel

2006 07 22