心配する側される側。

おまけの幸福論

 グリフォードの操る馬の背が、ティオをのせて遠ざかっていくのを見送って、オーレリアンは上方へ向けていた視線を元に戻した。
「これで一安心――って、わっ」
 言いかける言葉が途切れ、オーレリアンは息を呑む。突然、ヒースケイドが彼女を抱き締めたのだ。
「……肝が冷えた」
 押し付けられた胸にそっと耳を押し当ててみると確かに、鼓動が少し速まっていた。腕の強さに、つられてオーレリアンの鼓動の速度も上がりそうになったが、ふと考えるとおかしくなって、彼女は思わず笑いそうになった。
「ヒース、気が動転してたのね」
「動転してなど――
「嘘。だいたい、私たちが遠回りして帰る必要なんて全然なかったのよ、最初からロープで降りればよかったんだから。なのにいきなり馬を下ろしちゃうんだもの。そういえばグリフも全然気がつかなかったのね、ああおかしい」
 くすくすと笑い出したオーレリアンに、ヒースケイドは憮然とする。ティオ相手のように、うるさい、と一喝できないのは惚れた弱みだ。
「……おまえたちが落ち着きすぎるんだ」
「そう?」
 オーレリアンは首を傾げた。自分はティオの怪我が命に関わるものではないことを諒解していたし、ティオはオーレリアンが助けを連れて戻ってくることをわかっていただけだ。
「おまえが、崖から落ちたと、第一報で聞いたときは本当に……焦った」
 ヒースケイドは深く息を吐き出した。オーレリアンの後頭部に手を当てて引き寄せた頬を、自分のそれに触れ合わす。
「心配してくれてありがとう。この腕に、傷を負わせたことのある人の台詞とは思えないわね」オーレリアンはいまだ含み笑いだ。
「それは、謝ったろう。言っておくが、痕が残ったら嫁にもらう覚悟はあったぞ」
「……そうですか」
 オーレリアンは思わず頬を赤く染める。
 このまま、熱烈に愛を囁かれそうな予感がしたので、早々にその腕を振りほどき、大人しく待っている馬へと走り寄ったオーレリアンであった。


novel

2007 11 18