それでも彼はきっと満足。

望国の均衡

「身分違いの恋とか、好きになっちゃいけない相手を好きになったらどうする? しかも相思相愛だったら」
 ロミオとジュリエットみたいに、と映画の話ついでに軽く話題を振った和志に、白鹿はしばし考え込んだあと、ゆっくりと口を開いた。
「気づかない振りをする。自分の気持ちは死んでも悟らせないな、俺だったら」


 白鹿は馬鹿みたいに律儀だ、と和志は思う。
 恐ろしく責任感が強い。このクラス内で紅葉と恋愛してはいけないという法はないし、現に紅葉を好きなやつだって何人かいる。でも白鹿は手を出そうとはしない。
 白鹿はいつだって傍観者だ。
 それは、彼が級長だから。当事者になった時点で、物事を冷静に収めることはできない。だから彼はいつも一歩引いている。皆の輪から外れているわけではなく、中心にいて、そして一段高いところにいるのだ。
 紅葉が白鹿に惹かれているのは明らかで、クラスの大部分はそれに気づいている。白鹿は確かに紅葉を可愛がっているし、以前は物理的に触れることはなかったが、最近は頭を撫でるぐらいには手を出している。しかし、紅葉が一歩踏み込むとさらりとそれをかわすのだ。その態度にクラスメイトが焦れているのも白鹿は知っている。
 でも白鹿が紅葉の気持ちに応えることは、現時点ではないだろう。少なくとも、卒業までは、絶対に。
 クラス内の均衡が崩れるからだ。紅葉が誰かと付き合いだした時点で、彼女を中心としたままごと遊びは確実に終わりを告げる。だから白鹿は手を出さない。
 たとえその所為で紅葉の気持ちがほかに移ったとしても、そうなったらなったで、白鹿はきっと紅葉を全力でサポートする。紅葉に恋心など抱いたこともないという顔で。
 それはひどく不器用なように思えるし、実際損をするばかりだろうと和志なんかは思うのだが、馬鹿だと蔑んで笑うことなどできやしない。たとえ損をしてまでも、白鹿は彼らを切り捨てない。
 だから誰も紅葉に手を出したりはしない。
 彼女を好きなのと同じぐらい、もしくはそれ以上に、彼らには白鹿が大事なのだ。
 紅葉を巡るままごとは、卒業というタイムリミットを控えて日々回り続けている。


novel

2008 03 10