未了のセルフィッシュ

 それぞれ五人の男女が、木製のテーブルを囲んでいる。
 さとしはつい、目の前に座っている人物に声を投げかけた。
「なに、しとん」
「……先輩こそ」
 聡は言わずもがな、答えた相手も居心地の悪そうな顔をしている。ええ、なに君たち知り合いだったの!? という無用な穿鑿せんさくを避けるため、もちろんこの会話は小声でなされている。
 邂逅の場所は洒落たバーとは程遠いが、学生の懐に優しい、リーズナブルな居酒屋である。集会の名目は大学生の嗜み、つまりは合コンだ。
 相対する少女は湯ノ島ゆのしま美幸みさき、聡の高校時代の後輩である。聡は大学生だということで年齢には目をつぶるとして、美幸は未成年に加えて現役高校生。聡の非難はしごく当然のことだと言えよう。
 対する美幸の返答も、あながち的外れではない。なにしろ聡は彼の嗜好からして、「合コン」という言葉すら嫌悪していそうな気配が感じられるといっても過言ではない。
「ただの人数合わせや。大学生にはいろいろ面倒があってな」
 にこりともしないで聡は答える。実は、必修の授業のノートを餌にぶら下げられたのだった。聡はそれほど不真面目な学生ではないが、つまらないと感じた講義に毎回出席するほど熱心な性質でもなかったのだ。
「私も人数合わせですよ。お隣のお姉ちゃんに、どうしてもって誘われて」
「断れ、そんなもん」
 聡はばっさり切り捨てた。どうせ美幸の性格からして、おもしろ半分に違いないのだ。本当に嫌なら、誰がなんと言おうと断っている。
 溜息をついた聡は、おもむろに席を立った。その途端、周りの視線が彼に集中する。
「おれ、帰るわ。興ざめした」
 引き止める連れにそう告げて、聡は身支度を整えながら、傷ついたように瞳を歪ませる美幸を振り返った。
「なにしとうねん。早よ、用意せえ」


「なんや、どうしたん」
 駅に向かって並んで歩きながら、聡は不機嫌そうに黙り込む美幸を見やった。呆れたような声色は、夜の冷気によく通る。
 妙な心地だった。率直に言って、聡は負の感情を安易に表に出す人間を嫌っている。しかし、その相手が美幸だとなんとなく気にかけてしまう。それを感じて口の中で軽く笑った聡に、美幸はますます複雑な表情をした。
「……先輩って、大学では方言なんですか」
 躊躇いがちに口を開いた美幸は、そんなことを口走る。
「まあな。いろんな地方の奴がおるから、おれだけ無理に標準語使てもしゃあないしな」
 淡々と答える聡に、再度口を開きかけた美幸はぶんぶんと首を横に振った。足を止めた美幸を見やって、聡は大きく息を吐く。
「言いたいことあるんやったら、はっきり言えや」
 低く硬質な、苛立ちを表す声が耳に届き、美幸の表情は強張った。逡巡の末、俯いた顔をきりっと上げ、真正面から聡を睨みつける。
「単なる我侭ですから気にしないでください。ただ、聡先輩は素で女の子と話すの嫌いだから。私の特権かなって勝手に思ってただけです」
「……なんで泣くん」
 言い終わってから唇を強く引き結んだ努力も虚しく、美幸の目には溢れるものがあった。
「泣い、て、ません。やだ、もう、私ばっかり。先輩いっつも余裕なんだもん」
「ど阿呆」
 ずるいと呟く美幸に一言返して、それはお互い様だ、と言いたいのを聡は堪える。
「おまえ、なぎゆずるじんを混ぜたようなんがタイプなんやろ」
 そう言うと、目を丸くした美幸は喉をヒュッと鳴らした。突然予想外の事を言われて、思考が止まってしまったらしい。しかし聡は確信していた。凪のような柔らかい雰囲気、謙のような気配りのできる性格、仁のようなおっとりした性質。それらを併せ持った人が美幸の理想なのだろう。
「でもたぶん、ほんまに好きになるんは違うタイプやな。そんで、向こうが本気になったら引いてんとちゃう?」
 だから、美幸に余裕のないところを見せるわけにはいかなかった。全開で迫れば、怯えることはわかっている。そんなこと、絶対に言ってやらないが。
 そうと思考する時点で、聡の圧倒的な敗北は決定しているのかもしれない。
「美幸」
 聡は美幸に向かって手を差し出す。
「おれは面倒見がええわけでも、優しいわけでもないけど」そんでもおまえのペースにぐらい合わせたるわ。
 そう言って、その手を美幸が握り返すに任せた。

<了>


novel

2005 12 26