ちからを手に入れた。

機械の国

 少年は歩いていた。足元には累々と動かなくなったものたちが続いている。完全なものもあったし、なかには一部分のものもあった。赤い荒野に立っているのは彼ひとりだった。
 ごうっと塵のような風が吹き抜けて、泥にまみれた手で額を拭うと青年が見えた。彼は、潰れて動かないうえに半分砂に埋まった戦車に腰掛けていた。
 少年はひとつ残った右の目で、紗のように涼やかな青年を見つめた。戦いの痕跡をなにひとつ身に残していない青年は、どこかから彷徨い出たかのようだった。見なれない碧青のような浅葱のような髪は、別世界のにおいがしている。
「ここは、機械の国か」
 青年はぽつりと言った。争いの国だ、と少年は思った。
 手招きをされて、少年はそれに応えた。警戒しなかったわけではない。ただ、どうでも良かった。
 青年の指が少年の左頬に触れた。その上には固まりかけた血のこびり付いた眼窩が口を開けているはずだ。ずんずんと響く鈍い痛みは、もはや現実のものとは思えない。意に介さず、少年は口を開いた。思ったよりも、掠れた声が出た。
「……どこから来たの」
 青年はにっこりした。
「世界は幾重もの層になっているんだ。空や、夢や、路地裏なんかでどこか繋がってんのさ。僕みたいなのは狭間渡りとも言って、空間を渡れんだよ」
 つまり文字通り別世界から来た、ということ。
 左目よりも激しい痛みが少年を襲った。それは嫉妬の痛み、喪失の痛み。
 ――彼は、この世界に生きなくてもいい、という。彼に慰めを見出すことすらできない、という。
「ほら、いいものをあげよう」
 と、ついに青年は眼窩に触れた。
 少年の世界は青く揺らめいた。痛みの代わりに冷たい異物が潜りこんだ。左の眼窩には機械の眼がはまっていた。
「いつもは代価をもらうんだけど。同類のよしみでまけてやるよ」
 じゃあ、と立ちあがった青年に少年は慌てた。それを見て、おかしそうに青年は笑む。
「じゃあまた、夢で。名前を聞いておこうか」
「……クインシオス」
「僕はルガ」
 ふっと青年の姿は掻き消えた。少年を連れていってはくれなかった。
 茫漠とした白い世界が胸を去来し、少年は立ち尽くした。
 左の眼で世界を見ると、すべては氷のように冷たかった。ただ、幾重もの世界のすべてが見えた。
 ――その中に、ルガの姿を見つけた。


novel

2005 11 30