これからのことなんて、わからないけど。

受験小話

 風邪をひいた。
 普段健康なだけに、油断が祟ったらしい。少々咳が出ようと頭が重かろうと、気にせずいつも通りの日常を送っていたのだが。ついにかーっと熱が出て寝込むハメになった。
「つまんねぇー」
 おれはベッドの中でごろりと転がった。枕元には読み終わった漫画本が散乱している。(ここで単語帳など持ち出さないのがおれである。)普段家にこもっている方ではないので、たまに家の中に拘束されると、殊更につまらない。
 風邪の原因は実はわかっている。
 ……連日遅くまで起きてっからだろうな。
 しかも勉強で。
「悟じゃあるまいしなー」
 ぽつりと級友の名を呟く。


 コンコン。軽いノックの音。
 階段越しの足音から誰かが来たことには気づいていた。低く話し声が聞こえたことから、相手は複数だということも。そこまでくれば、誰が来たのかはもうわかる。
「入れよ。見舞いか?」
 キィ、とドアを開けたのは弥月だ。一方の悟は両手がふさがっていた。右手に鞄、左手には紙箱を抱えている。
「こらこら、風邪をもらいに来たのか、受験生」
 軽口を叩いて、おれは身を起こす。弥月から、おまえもな、という冷たい視線を投げられた。
「ミキくん大丈夫? お見舞いのプリンだよ」
 優しい言葉をかけて、悟は手持ちの箱を差し出した。箱のサイズから見て、ふたりの分も入っているらしい。一緒に食べようということだろう。
「お、サンキュー。何だ、弥月もおれのこと心配してたんじゃん」
 弥月の性格からして、悟にだけ代金を出させたということはない。
「……言っておくが、買うと言ったのは悟だ」
「でも選んだのはツキくんだよ」
「愛されてるなぁ、おれ」
 悟とふたりでふざける。プリンはおれの好物だ。それをふたりとも知っている。
 箱からプリンを出して、ふたりにプラスチックのスプーンと共に手渡すと、おれは自分の分を取った。
「いただきまーす」
 口に入れると、火照った体に冷たいプリンの甘さが染み渡った。
「おれが倒れるまで頑張っているというのに、君たちは余裕だねー」
 おれはわざと生意気な口調で言った。病気だといってちやほやするのは勘弁して欲しい。
「ばか。おれらもそのうちだぞ」
「ミキくんも公立校にすれば良かったのに」
 ふたりは地元の公立高校を受験する。おれは私立を受けるので、入試の日が早いのだった。
 ちっち、と悟に向かっておれは指を振る。
「私立の方が、女子の制服が可愛いんだぞ」
「動機が不純だな、委員長」
 そう、弥月が茶化した。ふたりとも本当は違うのをわかっているんだろう。
 とはいえ、たいした理由ではない。人生でいっぺんぐらい、死ぬほど勉強するのもいいかと思ったのだ。
「でも無理しすぎないでね」
「今だけ今だけ。大学はもっと楽して入るから」
 けらけらと笑うと、弥月が渋い顔をした。
「ミキ、鬼が笑うぞ」


 卒業したら、三人はどうなるんだろう。違う学校に行ったら、縁が切れてしまうだろうか。
 高校に入ったら、次は部活や大学受験で忙しくなるだろう。そのときの戦友は誰になるだろう。
「小せぇこと考えても仕方ないな」
 ――そうだ、きっと小さなことだ。
 おれは、ひとつ残ったプリンをぱくりと口に入れた。


novel

2005 11 08